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2016年7月17日 (日)

奇跡の中にいたのかもしれない

蝉が鳴き始めるのはいつ頃だったかな?
 
ふと思ったのが数日前。
既に真夏日が続いた後で、もう奈良にも凄まじい蝉の大合唱が響いていても何らおかしくはない気候だった。
 
一昨日くらいからにわかに聞こえ出していたような気はするが…
今朝近所の寺を通り抜けるときに明らかな季節の切り替わりを感じた。
 
 
凄まじい騒音。
しかしこれが夏の風物詩。
 
とうとう奈良にも夏がやってきた。
 
 
そうか、昨日のライブが節目だったんだ。
乙女時代の終わりを告げる蝉の大合唱。
 
 
そんなわけで、『乙女時代 〜ひと夏の和楽器アンサンブル〜』 にお越しいただいた皆さん、本当にありがとうございました。
 
 
たった一夜の、ほんの刹那の出来事。
しかし、この一ヶ月は様々な活動がありながらもこのイベントに向けて日々過ごしていたような気がする。
 
 
堀つばさ阿部一成という素晴らしい音楽人と共に音を紡ぎ世界を作る喜びは、今改めて思い返しても筆舌に尽くし難いものがある。
 
それぞれが多忙な中、全員での手合わせも当日まで叶わなかった状況で、各々の準備と想像力、対応力が求められる。
それはこの世界では日常といえば日常かもしれない。
キャンパスの白い部分をみんなでどう彩っていくのか、ステージの上で音を出し合うことでしかわからないこともあったけれど、そのスリリングさすら楽しませてもらえたのはこの面子だったからだろうな、と改めて感じている。
 
 
ライブが終わってから、ふと気付いたことがある。
 
 
 
Image
 
Image_2
 
 
この景色を客観的に見たことで。
 
 
もう幾度となく様々なところで書いたり語ったりしたので恐縮だが
音楽人としての今の自分があるのは、二十歳すぎの頃のインド放浪体験が大きい。
 
大筋はもう省略してしまうが
インドの安宿街に到着した日かその翌日だったか、とにかく旅の冒頭で自分の音楽人生を変える出来事に直面する。
 
とにかく道端でも店内でもあらゆるインド人が声をかけてきて日がな話をしていたのだが、とにかくインド人は自分の国の文化に誇りと愛着を持っている。
音楽、映画、そして神々などに関しても。
 
当時はエレキギターを手にLed ZeppelinやRed Hot Chilli Peppersなんかをお手本にしたり、The Bandに憧憬を抱くロックミュージシャン気取りだった。
 
そんな俺に対して、様々な自国の誇りを聞かされたあとに
 
「で、君はどんな音楽をやってるんだい?」
 
と聞かれたときの俺の心境たるや。
 
 
ましてや
 
「日本の音楽はどんなものがあるんだい?」
 
と聞かれてしっかりと答えられなかった自分の恥ずかしさ。
それは歌謡曲や流行歌のことを指しているのではないことはわかっていた。
 
 
そして、とどめがこれだった。
 
 
「鼓童を知ってるか? 知ってるよな?」
 
 
和太鼓集団である鼓童の存在自体は知っていた。
が、実はその音は聞いたこともなく、実際どんなグループなのかはよく知らなかった。
 
そんな俺に鼓童のことを熱く語るインド人。
 
 
何も答えられない自分が恥ずかしかった。
自分の国の音楽や文化もよく知らない自分が。
 
 
そんなことがあって、一ヶ月の放浪の旅を経て帰国後すぐに、三味線や雅楽などを学ぶべく、携わり始めることになる。
 
 
もちろん、鼓童のこともいろいろ調べた。
 
ちょうど鼓童もその頃は売り出し時期だったのか、メディアや世間のニーズとのタイミングがあったのかよくテレビでも特番が組まれていた。
 
和太鼓をやりたいとか、鼓童に入りたいとかまでは思わなかったが、その存在や動向にはとても興味があり、ドキュメンタリー番組なんかで取り上げられたら録画してよく見ていたものだ。
 
 
阿部一成、堀つばさが鼓童に入りキャリアを積み始めたのもその頃だろうか。
 
 
あれから長い月日がたった。
 
様々な人との出会いがあり、その縁が新たな縁を呼んで、我々はアメリカ人を通して阿部一成という尊敬すべき愛すべき無二の友人に出会った。
それは今思えば本当に奇跡的な出会いだった。
お互い、あの時、あの状況で出会わなければ今の関係はなかったかもしれない。
 
そしてまたその縁で、堀つばさと出会えることになった。
 
 
Image_3
 
三年前にブルネイで同じステージに立ったときは気付かなかった。
あれは状況がもっと特異だったからだろうか。
 
 
今回、NolenNiu-de-Ossiとして仲間たちとこのステージを共にしている姿を見て気付いたのだ。
 
 
Image_4
 
 
あれ?? あのとき俺の人生を変えた鼓童と同じステージに立ってる。
 
 
奇しくも同じような時期に自国の文化や楽器に深く携わり始め、今こうして交わっていることの不思議。
 
わかってもらえるだろうか。
俺の中でのこの奇妙で素敵な奇跡。
 
 
その人柄によるものだろうか、大好きな音楽仲間、友人として接してもらっているから気付かなかったが
実は長い月日を経てこのステージに辿り着いた奇跡だったのかもしれない。
 
 
そう思うと何だか涙が出そうにさえなる。
 
 
ただただ演奏を楽しみ、ステージを楽しみ、それを皆さんに味わってもらう喜びに満ちていた、
ただそれだけのことではなかったのかもしれない。
 
 
昨日、あの場所で時間を共にしてくれた皆さん。
改めて、ありがとうございました。
自分にとって本当に特別な時間だったんだと気付きました。
 
 
そして、一成、つんちゃん
素敵な時間をありがとう!
再会を心待ちにしてます。
 

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小林未郁・柴草玲・NolenNiu-de-Ossi
 『続・幌馬車は行つた』

■8月5日(金) 大阪 雲州堂
■8月6日(土) 名古屋 K.Dハポン
■8月7日(日) 静岡 UHU
■8月8日(月) 東京四谷 Doppo


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コメント

なんかいい話だな。

旅の中で出会ったものが時間を超えて繋がっていくのですね。

自分だったら何と答えるだろうか。
とりあえず「ホーハイ節」でも聴いとけ、と言うかな(笑)

こっちのバンドには鬼太鼓座がいるぞ~。
いつかフルバンド対決したいですね。

つか… デ・オッシでホーハイ節の話で盛り上がってたところにこの書き込み(笑)
どうやら、ここも繋がってるようですな。
静岡や石川でもそういうものを感じたしね。
またおもしろい旅を繰り広げて参りましょう。

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