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2017年12月14日 (木)

丸山研二郎 『静岡県郷土唱歌』

さて、事あるごとにその名前をつぶやいている盟友・丸山研二郎
自分が愛してやまない音楽を歌い奏で、音楽家としても人間としても最も好きな人物のひとりである。

そんな彼が今年携わり発表した作品について語っていなかったのでこのあたりでちょいと触れておきたいと思う。

 

今年は 『おとぎ話』 シリーズなどで何度もライブを共にさせてもらってきたが、その間にもこんな大変なプロジェクトに勤しんでいたのか、と思うと…
まずその苦労をねぎらいたい(笑)。

 

Img_5798

『静岡県郷土唱歌』 2枚組 全28曲。

凄まじいボリュームである。

 

CDに封入されているブックレットを読んでみると
“静岡県郷土唱歌” とは、子どもたちの郷土愛を育てる目的で一般から詩が公募され、昭和11年に静岡県教育会から発刊されたものらしい。
当時は小学校やラジオなどで親しまれていたが、時代と共に失われていったものばかり。

もちろん音源などはなく、歌詞と主旋律が掲載された譜面のみ。
その上下二冊が、とある古本屋の未整理本の山の底から発掘されたことで、このたび新たに音源として世に出ることになった… ということで良かっただろうか。

兎にも角にも、それが丸山研二郎という音楽家に話がいくあたりはもう必然性があり、さすがと言わざるを得ない。

 

前述の通り、歌詞と主旋律のみの譜面をもとに、彼が楽器編成を考え、伴奏・ハーモニーをつけ、さらに前奏や間奏を創作したものである。

 

そもそも唱歌というものはご存知の通り、決して派手なものではない。
稀に印象深いものもあるが、その膨大な数の割合からすれば、正直に言うとどれも似たりよったりだ。
そのメロディーのほとんどが長音階であるという音楽的な制約もなかなかの強敵だろう。
かといって、斬新なアレンジなどで唱歌というカテゴリーから大きく外れることは望まれないだろうし…

その大変さは並々ならぬものだったろうと推察できる。

 

が、「制約」 というのは時に音楽家の創造力を刺戟するものでもある。
特に豊かな才能がある者にとっては。

 

Img_5797

 

というわけで、2枚組CDのDISK1から流してみる。

いかにも唱歌らしい趣きで始まった。
ギターもピアノも可能な限り、シンプルかつ明瞭であることに努めているのだろう。
限りなく無駄をはぶいた上で、美しさや広がりを与えている。
なので、現代のリスナーの耳にも聴き応えがあり、訴えかけるものがそこに存在している。

 

録音・ミックス・マスタリングはT2オーディオ坪井さん。
演奏は丸山研二郎+空の灯音楽隊

 

そう、自分もこよなく愛聴している丸山研二郎の名盤 『空の灯』 とほぼ同じプロジェクトだ。

Img_5799

 

それぞれ個性があり、キャラクターの違う声が適材適所で用いられ、時に主旋律で明快に、ときに絶妙なハーモニーで広がりを加える。
丸山研二郎ならではであり、『空の灯』でも更に培ったであろう魅力が見事に活かされている。

そして、その存在を主張する楽器としない楽器とのバランスもとても良い。
つい耳を奪われてしまう楽器の音色━━━ 例えば、ヴァイオリンや足踏みオルガンなどがその時代を想わせる音色で旋律を奏でる。
それらが紡ぎだす景色のあたたかさを担っているのは、決して主張しないエレピ(ローズ?)であったり、Wベースであったり…
そんなことを楽しみながら、シンプルかつ遊び心のある曲たちを創造力も働かせて味わう。

 

とはいえ、これが28曲続くとなるとそれはそれでなかなか厳しいものがある…

 

しかし、そんな心配は冒頭の5曲が過ぎたあたりから杞憂であったと気付くことになる。

 

お、ちょっとずつ攻めてきてるな。
“郷土唱歌” というカテゴリーからは決してはみ出さずに、むしろそれを押し広げるように…

 

M-5 石廊崎M-6 三保 などは前半の聴きどころになるのではないだろうか。

そして、M-8 遠州灘 はまず丸山研二郎の歌とギター、そして原口朋丈君の太鼓と笛のみで繰り出されるシンプルかつ奥行きのある世界。
そこから後半にかけて様々な音が加わっていき、視界が開けるような錯覚を覚える。
丸山研二郎らしさ、空の灯音楽隊の魅力が出ている。

 

と、様々な曲を聴きながら、何か近しい感覚をこれまでにも持ったことがあるな、と思っていた。

 

何かに似ている、とかそういうことではなく、音楽の存在感のようなものだ。

 

はっぴいえんど かもな、と思った。

 

曲がはっぴいえんどに似ているわけではない。
かつて、英詞のみで海外の空気感だけだったロックミュージックに日本語の語感や風情を乗せ、日本の新たな音楽の幕を開けたあの時代の模索や挑戦によるおもしろさに似たものを感じるのかもしれない。

 

DISK2になると今度は冒頭の M-1 温泉めぐり から攻めの姿勢が伺うことができる。
マイナーとメジャーが混在する、いや、どっちつかずに浮遊する和音の中を、タンブーラだろうか… それらしき倍音を含んだインド系の楽器の音や様々なものが夢のように通り過ぎていく。

あと印象に残るのは M-3 富士の裾野M-5 白絲瀧M-8 久能山 あたりだろうか。
リズムや音色、フレーズに当時では表せなかったであろう雰囲気がさりげなく新たに加味されていて面白い。

 

そして M-10 小夜の中山 は待ってましたのマイナー調。
M-11 蛭ヶ小島M-13 賀茂真淵 と終盤にかけてマイナー調の哀愁を帯びた曲が登場する。 (M-13はちょっとデ・オッシっぽさ… というか自分たちもこういう雰囲気を出しそうと思った…笑)

丸山研二郎のギターも (あくまでさりげなくではあるが) 本領を発揮してきているように感じる。
ガットギターが 「ここは俺にまかせろ」 と言わんばかりに活き活きして聴こえてくるのは気のせいか。

 

相変わらず、良いギターの音だ。

もちろん、奏者の力量によるものなのは間違いないが、それを確実に封じ込めて際立たせるエンジニアの坪井さんのセンスがあってのこと。
当然ながら他の楽器の響きも素晴らしく、特にパッケージ化されるとどうしてもその本来の魅力が削がれがちになるエレピや太鼓などの中低音~低音の聴き応えが素晴らしい。

 
 

う~~む。
書きだしたら止まらなくなってきた。
なんで俺は丸山研二郎のためにこんなに精魂を尽くしているのだ(笑)??

 

それはもちろん、良いもの、素晴らしい存在はもっと知れ渡って欲しいと思うからだ。

 

とはいえ、文字でいくら説明したところで音楽の魅力は伝えきれるものではない。
まさに百聞は一見にしかず、という通り、聴いてみてもらうのが何より。

 

丸山研二郎 discography / online store などにて入手できるのでご興味をもたれた方は是非。

もし、2016年の 『空の灯』 をまだ聴いたことがないなら、先にそちらを聴いて… あるいは併せて味わってもらえると尚楽しめるのではと思います。

 
 

実は自分もこういった郷土の音楽などの文化的遺産などには挑戦したいと昔から思い続けている。
そのうちきっと何らかの形で世に出すこともあるかもしれない。

 

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さて、NolenNiu-de-Ossiはクリスマスを彩ります。
NolenNiu-de-Ossiワンマンにて!
年内最後のライブ、絶対楽しい夜になるのでどうぞお楽しみに。
 
 
Dingdong
 
■12月24日(日) 大阪 雲州堂

NolenNiu-de-Ossiワンマン
クリスマス・スペシャル
『ディンドン・デ・オッシ』

 開場18:00 開演19:00
 終演21:15予定
 前売2500円 当日3000円 (Drink等別)

 
ご予約はコチラ

 
 

そして、『まさかの扉』は終了しましたが、年明け1月には再びHEAVEN青山にてこのイベント!
 

Alittlemoreeden2

■1月27日(土) 東京 HEAVEN青山
 
柴草玲×NolenNiu-de-Ossi×ミーワムーラ
『エデンのもうちょい東』 Season2

開場19:00 開演19:30
前売3000円 当日3500円 (1Drink別)

 
ご予約はコチラ

 
 
Bluenote210
 
■2月10日(土) 奈良 ブルーノートならまち
 
NolenNiu-de-Ossi ワンマン

開場15:00 開演16:00
前売2000円 (Drink別)

 
ご予約はコチラ

 
 

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