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2018年7月12日 (木)

静かに過ぎ去った日々

ここしばらくは穏やかに過ごそうと思っていた。
 
いや、そう決めていたわけではないし、実際にそう思っていた実感もない。
 
ただ、何となくそうすることが自分を良い状態に保つ唯一の策のような、そんな気がしていたんだと思う。
 
 
穏やかにといっても、やることはいつもと変わらない。
 
 
来週からは盟友・阿部一成を迎えて天河神社、ぷろぼの食堂での奈良2デイズを控えている。
 
その翌週には楽しみな小林未郁ちゃんとのツアーの続きがあるし
また、浜松では加瀬澤彩友美ちゃんとアルバム「おとぎばなしの夜」にちなんだコラボレイトをしようと思っている。
 
 
やらなければいけないことは多種多様に山積みだ。
 
 
そして、久々にライブなどのスケジュールが空いたので、じっくりと分析しながら身につけたかった難曲を2曲ほど取り組み始めた。
 
 
一日中、楽器を弾いて、頭を巡らせて…
 
夜更けに何となしに爪弾いてみたものが悪くない雰囲気だったので、新曲のきっかけになるかもと思って弾いていたら、思いがけず涙が溢れ出した。
 
 
正直言ってさほど良い旋律でもなかったと思うのだが、何だか静かに抑えていたものが些細なものをきっかけに歯止めがきかなくなってしまったようだ。
 
 
 
元来、我ながら異様だと思うくらいポジティブな人間だ。
 
それでも涙が溢れることぐらいはある。
どうしようもない悩みに苛まれているわけでもないし、ましてやすべてを投げ出したいとか死にたいとか、そんなことを思ったことは微塵もない。
 
 
日頃、忙しくしたくなるのは、できる限り無駄に立ち止まる時間を作りたくないからなのかもしれないな。
ふと立ち止まってしまうと、時に虚無感に似たようなものが襲ってくることはある。
 
 
そして、痛ましい災害も起こった。
 
 
自分自身、直接大きな被害を受けたわけではないが、決して知らない町の話ではない。
 
今も大変な思いをされてる方々の状況を思うといたたまれない気持ちには当然なる。
 
 
 
そんなときに日々のささやかなマイナスポイントがたまたま重なることもある。
 
 
ほんのささやかなことだ。
 
本来の自分の性格なら、気にもならないようなことだ。
 
 
ただ、気をつけなければいけないこと、大切なことは、そこで自分で歯止めをきかす術を学ぶことだろう。
 
 
政治、国家、人生、人間関係、存在意義…
 
陰鬱な空気に迂闊に身を委ねると、様々なものに過剰に鋭敏になりすぎて、すべてを怒りの対象にしてしまう危険性もある。
 
 
いや、待て。
落ち着いてみろよ。
  
 
 
そうだ、マイナスイメージをもたらしているそのひとつひとつは、塵にも満たないようなものだ。
 
 
 
しかし、時にはタイミング悪く塵も積もってしまうこともあるということだな。
 
 
でも、塵だ。
 
 
所詮、塵のようなものなのだ。
 
 
 
何を煩うことがあろう。
 
 
 
 
おっ
 
 
かえってきたな
 
 
 
底抜けにポジティブな俺様が。
 
 
 
 
 
まぁ、人間もたまにはバグることもあるよね。
 
 
 
さて、また明日から気持ち新たに
自分の成すべきことに取り組んでいこうと思う。
 
 
 
 
 
このたび、西日本各地を襲った大雨や地震で甚大な被害を受けた皆様には謹んでお見舞い申し上げます。
 
一刻も早い復興と安寧を願うばかりです。
 
自分が音楽家としてできることなどまだ大して何もないのは無念の極みですが
一社会人として、ささやかでもお力添えして参りたいと思います。
 
 
NolenNiu-de-Ossi 喜多 寧
 

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