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2018年12月31日 (月)

歳の暮に来年の展望を

つい先日に軽く掃除したばかりだけど、大晦日だし普段しないところをちょっとだけ綺麗にしようか。
なんて思ってやり始めると、ずっと見て見ぬふりをしていた隅の奥の隠れた場所とか
「もしかして初めて拭くんじゃない、ここ?」 みたいなレアポイントにまで手を出してしまい
挙句の果てには勢い余ってエアコンの奥まで洗浄するという、結構本気の大掃除になってしまった。

 

さぁ、これで穢れた過去を清算だ。
清々しい新たな気持ちで新年を迎えよう。

 

なんて思えるんだから、大掃除も良いものだ。

 

2018年も今日で終わり。
今年の活動の総括はもう前回までに済ませてしまったわけなので、さて来年はどうするかという話だ。

 

最近のライブで何度か 「何も変わらないけど、これまでとは変わろうと思う」 というよく意味の分からないことを言ってきた。
何となく真意は汲んでもらえているのではないか、と思ってはいるのだがいかがだろう。

ただ単に同じことを繰り返していてはいけない、ということは常日頃から考えているのだが、それでも継続してやってみなければわからないこともある。
コチコツと地味な努力を続けないといけないこともある。
しかし、そこに慣れのような妙な安心感、あるいは許してもらってやっているような感覚が蔓延ってくると、自分をしっかり見つめ直さないといけない。
しかも何も成してもいないし、成り立ってはいないのに、ぬるま湯に浸かって何とか自分を安心させているようなことの危うさ。

 

これがもっともっと若かりし頃なら、一念発起して何かちょっと突飛なアイデアを実行してみたり、無理をしてみたりもしたものだ。
たしかに、そういう勢いだけの時期も大切だし、やってみる価値は十分にある。
しかし、概してそういったものは瞬間的な自己満足を得やすいだけに、祭りの後の虚しさが大きいことも何度かは経験してきている。

そうじゃない、誰にも気付かれないくらいの地味なレベルでの “本質的な変化” が今はとても大切なのだ。
それは、個人でもデ・オッシでも、そして音楽的にも活動的にも。

 

個人的なレベルの話でいえば、ここ数日は年末の予定のない時期を利用して “ギターを弾くための体” をゆっくり作り直している。
これはうまく言葉では説明しにくいのだが、ギターを弾くための体幹をイチから鍛え直しているといった感覚だろうか。

あくまで自分の感覚だ。
特にどこぞの筋肉を鍛える、とかいうわけではなく、体や指先と対話しながらただひたすらにギターを弾いている。

これが全然ダメだと最近痛感したわけなのだが、ようやくそこに辿り着けたか、という思いもある。
例えば、三味線はおかしな格好であろうが、寝ていようが、傾いていようが、ある程度どんなフォームでも弾けるという “感覚” がある。
それは自分のベストなフォームを体がわかっているから、逆に崩しても自然にその均衡を保とうと補正してくれるわけだ。
あくまで勝手に自分がそう思っているだけで、三味線に関してももちろん全然まだまだ。
一生修行の身ではあるのだが。
しかし、心の自由さがある。
それに比較してみれば、ギターはようやくその体幹が少し掴めてきたところ、という感じだろうか。

意外にこういった地味なことには時間を要すし、心の余裕も必要だ。
もちろんやりたいこと、学びたいことはその何十倍もあり、体幹の話などはそれを始めるためのスタートラインに立つ準備をしている段階の話だ。
いくら時間があっても足らない。

 
 

活動的な話においても、本来ならもうこの時期には夏くらいまでのスケジュールがある程度は決まっていたりするものだ。
活動を止めることは一切ないし、そもそも既に夏のライブ予定も告知しているから、結局のところは大した話ではないのだが、実際にはライブをあまり決めていない。
実は先々の展望はメンバー間ではしっかり話し合っていて、数は少ないが暫定的に決めているものはある。

 

しばらくライブを減らします、と公言してからも
幾人かから “それを承知の上で” とオファーや相談をいただいた。
本当にありがたい。
どれもこれも悩んだが、来年初旬のタイミングのものはお断りすることにした。
しっかり理解してもらっている上で声をかけていただいているのだから、その気持ちは本当にありがたいし、感情としては是非とも応えたいところなのだが…
申し訳ないと思いながら、そのお気持ちには先々でお返ししていきたいと思っている。

中には “その気持ちはわかるから今回は声をかけないけど、誘いたくないわけじゃないから” とわざわざ誘わない連絡をしてきてくれる律義な人もいる。

ありがたいな。
そんな気持ちだけで何か救われる気持ちがする。

 

これからどんな活動をしていくか、まだ自分たちの中で明確なものは得れていない。
今、考え得るプランを練ってみても、これまでと大して変わらないものばかりしか出てこない。

なので、これまでお世話になってきたところへ出演の話を持ちかけることも思い留まっている。
行きたい、という気持ちは溢れるほどある。

連絡をしたらこれまでと同じようにあたたかく迎えてくれるかもしれない。

しかし、もし同じルートを辿るならば

まず自分が変わらないといけない。

さもなくば、何も変わらない状況を繰り返すだけだろう。

 

何も変わらないというのは、実は下降の一途を辿っているのだ、ということだけは知っている。

 
 

などと

 

一体何が嬉しゅうてこの大晦日に重い話をしておるのだ。

 
 
いや、別に重い話なわけではなく、あまり伝わらないかもしれないけど、これ実はかなりポジティブな話なのよね。
 

まだ先が見えていないのだ。
何をすべきかさえも明確ではない中で、少しずつやるべきことが見えてきている段階。
先が見えてしまっていて決まり決まったことに向けて進まなければいけないのは実はとても辛いこともある。
おもしろくないこともある。
それに対してこちらは希望しかないのだ。
何ができるのかということにワクワクしているところだ。

 

少し足を止め、これまでを省みて

 

また、まばゆくて見えない未来に向けて進めるなんて、こんな楽しいことがあるだろうか。

 
 

そんなわけで、デ・オッシさんの2019年を是非楽しみにしていてもらえると嬉しいです。

 

ただ、実に恐縮なのは…

 

こんな一見大層そうな話をしておいて、そのわりには普通にライブも予定してるし、ドラマティックな悲劇とかは特に予定されていないことです。 
明るい未来しかない。

 

でもね、来年の暮れぐらいには
“そういや随分と変わったなぁ…” とふと気付いて驚いてもらえるレベルにはしていきたいな、と自らを鼓舞しております。

 

来年も楽しい話をしましょう。
皆さんも、体にはくれぐれもお気をつけて、良い年をお迎え下さい。
またお会いできる日を楽しみにしております。

 
 
 

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