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2020年1月 9日 (木)

“フィエスタ・デ・縁日” を詳しく解説 ~その壱~

さて、すっかり年も明けてしまい、デ・オッシ presents フィエスタ・デ・縁日[壱] at umeda TRAD まで一週間を切ってしまいました。
気持ちのこもった、デ・オッシの新春企画です。
まほろば楽座時代には毎年毎年、正月明けすぐに 主催イベント 『座興』、 ワンマン 『大座興』 というのを同じ場所 (当時はバナナホール) でやっていたし、
NolenNiu-de-Ossiになってからも何度かこういった新春イベントやワンマンをやってきたので、とても思い入れがあり、大切にしているものなのです。
 
あの賑やかで楽しかったあの場を取り戻しつつ、今ここで更にどんどんパワーアップさせていきたいな、という目論見が、この フィエスタ・デ・縁日
[壱] とナンバリングしているからには一過性のものにはできないというわけです。
 
それはともかく、フィエスタ であり、縁日 である、と。
音楽をメインに、せっかくなら美味しいものを食べれる屋台なんかや、何やら楽しいものや面白いものが並んでるお店なんかもあったり…
とにかく、そんなお祭りのような楽しさが回を重ねる毎に増していくように、という想いを込めてつけたタイトルです。
 
 
そんな フィエスタ・デ・縁日 がどんな内容になるのか。
二回に分けてコチラで詳しく紹介して参りたいと思います。
 
 
今回は音楽部門。
メインとなるステージライブの素敵な出演陣について、あらためてご紹介を。
 
 
まずは 城領明子 (じょうりょうあきこ) さん。
 
 
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彼女と初めて会ったのは2016年の冬だったか…
雲州堂で見て、話しかけたのが最初だった。 
それ以前にも、馴染みのミュージシャンや地方のファンの方からも噂はよく聞いていたし、何より岡山のMO:GLAのオーナー・サンジさんがずっと絶賛していたのをよく覚えている。
そして実際、噂に違わず素晴らしい歌声と曲で一気に魅了された。
そこからご一緒することになったのはすぐ、翌年初頭に同じく雲州堂にてのこと。
あれからもう三年も経つとは、にわかには信じ難いが、何かしらずっとまたご一緒したいな、と思っていたシンガー。
ということもあり、この企画が持ち上がった時に最初に名前が挙がったひとり。
すぐに連絡し、ものの三秒くらいで快諾の返事が来たような気がする。
 
ちょっと待って… もうちょっと考えてくれていいよ!
 
くらいのことは思った記憶があるので、相当返事が早かったことだけは確か。
感謝。
 
我々が まほろば楽座 をやっていた頃、彼女は SLY TRIBES というバンドで活動していて、残念ながら交わることはなかったけれど、その活躍ぶりはよく耳にしていた。
何かこうしてお互い真摯に音楽を続けてきて、遠い町で噂を聞いて、巡り巡ってようやくこんな風に交じり合えるというのは良いものだなぁ… と感慨深くなっているので、そろそろいろんな思い出が走馬灯のように蘇ってこないか自分の近い将来が心配になってきている。
 

 

城領明子
 
1997年、バンド「SLY TRIBES」を結成。関西を中心に活動を続ける中、1998年シングル『Baby Crime』でCDデビュー。これまでに7枚のCDをリリースする。
2009年より「城領明子」としてソロ活動を本格的に開始。
2011年10月1st maxi single「大阪ニューヨーク」を2011年10月10日にリリース。
2012年の夏には1200組を超える中から選ばれ、見事「サマーソニック2012」に出演。その後、HONDAのwebCMに「走れマイウェイ」が起用される。
2013年5月 2nd full album「ロンリーロンリー」をリリース。ギター、コーラスに2曲「広沢タダシ」を迎える。
翌年2014年より弾き語りワンマンライブ「どこ吹く風。」をスタート。第一回目からこれまで全公演soldoutとなる。同年ライブアルバム「どこ吹く風。」を限定発売。2015年には「どこ吹く風。vol,4」を神戸の老舗である「チキンジョージ」にて決行。
2016年7月6日、3年ぶりとなる3rd full album「サイレント」をリリース。全曲一発録り、PIANO,VOCAL,DRUMS,のみで構成された全10曲収録。
同年、2016年の9月1日、大阪市の重要文化財でも有名な「大阪市中央公会堂」にてリリースワンマンライブ「どこ吹く風。vol,7」を決行し、大盛況で幕を閉じた。
2017年10月10日、大阪市中央公会堂ライブを収録したDVD「どこ吹く風。2」をリリース。
2018年8月24日には、「どこ吹く風。vol.10」を兵庫県立芸術文化センター、神戸女学院小ホールにて決行した。
Website
 
 
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年末には城領ちゃんが定期的に梅田THIRD STONEでやってる城領カレーを食べに行ってきた。
 
 
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これがまたマジ美味いんだ!
みんな是非、チェックしてね。
 
 
 
さて、続いては…
 
 
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The Alan Smithy Band (ジ・アランスミシー・バンド)
 
さぁ、このバンドとの話は相当長くなるぞ…
 
 
まあ、できるだけ簡潔にまとめられるよう努力はしようと思う。
 
 
そもそもの出会いはいつだったろうか。
プロフィールに “結成15年を超えた今も…” とあったけれど、まほろば楽座時代の初期にバナナホールで対バンした記憶があるから、おそらくもう知り合ってからは20年近いのではないかと思っている。
当時から上手い、アメリカンなロックバンドだった。
その後もバナナホールではもちろん、心斎橋Club Jungle,難波Rockets… 様々なところでイベントに呼んだり呼ばれたりした覚えもある。
そのときの、まほろば楽座~マホロバガクザのメンバー編成も微妙に違った記憶があるから、きっと長い年月を経てボチボチ交じり合っていたんだろうなぁ…
そういえば、Vo&Gtの樫本君とお互いソロで神戸VARIT.のイベントに出ていた頃もあったな… と今、思い出した。
 
 
さて、ここで少し、先ほどから名前を出している まほろば楽座マホロバガクザ についてあらためて軽く触れておきたいのだが…
 
まほろば楽座は 2000年10月3日 にバナナホール (現 umeda TRAD) でライブデビューしたバンド。
デ・オッシの二人、私・喜多寧とるこ が在籍したバンド。
 
幾度かメンバーチェンジも経て、2006年には マホロバガクザ と表記も変えたりしつつ活動を続けていたが、2008年に停止。
その後、約一年を経て、2009年秋に NolenNiu-de-Ossi として再出発することになる。
 
 
随分と時間が経った今だから言えることはある。
 
 
まほろば楽座~マホロバガクザの8年間。
どの時代もそれぞれにおもしろかったし、楽しかった。
それと同時にどの時代も悩ましく、苦しかった。
ある意味、いかにも青春時代らしいものだったのだ。
 
しかし、中でもとても楽しく思い出深いのは… 
藤原基博(Dr)が加入した2001年から 蔦江貴広(Ba) 歳森隆史(Gt) が脱退する2006年までの約5年間だ。
 
バナナホールという大バコで主催イベントを、ワンマンを成功させ、大手プロダクションと関わり、メジャーデビューはもう目前だと信じて疑う余地もなかったあの頃。
今思えば、薄氷の上を歩くような危うさだった。
あの時にもしもっとうまく話が進んでメジャーデビューなんかしてたら、きっとその後すぐに潰れていたかもしれないし、もう音楽すらしていないかもしれないな… とまで思ってしまうような時代だった。
結局うまくは進まなかったことでメンバーそれぞれ、バンドや音楽活動に対する熱量も変わっていき、脱退などに繋がるわけだが。
今となってはその方が良かったと振り返ることはできるが、その時は非常に苦しく辛かった。
 
 
何故なら本当にその数年間が楽しかったからだ。
 
 
まぁ、そりゃあ、人間5人も集まれば性格も異なるし、考え方も違う。
血液型も四種類すべてそれぞれが受け持っていたし、まぁ基本的に5人の別人種が集っていた感はあった。
決して性格や趣向が合っていたわけでもない。
実際にこうして今、デ・オッシとして総計20年も共に活動してる自分ととるこだって初期は相当仲は悪かったし、五日間のツアー中に一切口もきかないし顔も見ないなんてこともあった。
 
それでも今思えばあのときの五人は何だかんだいって、喧嘩もしたしモメもしたけど、結局は仲が良かったな、と思う。
上記のように険悪なムードの時も含めて、結局はほとんどずっと5人で行動を共にしていたし、何ならそこで完結してしまっていたので、対バンの方々と全く仲良くできなかったくらいだ。
ツアーに行って、楽屋でメンバー5人でUNOをして、宿に帰ってUNOをして、人生ゲームをして…
 
まぁ、今より若かりし頃に大きな夢を見て、それを掴めそうなところまで共に頑張って、儚く散った…
そんな青春時代の仲間のようなものなのだ。
 
実際のところ、悔しいけれど、バナナホール (現在のTRAD) を常に満員にできていたのもあの頃だけのことだ。
 
 
これは… 言わないつもりだったけれど…
 
あの頃を越えなければ、今の自分たちはスタート地点にも戻れていないと思って活動していることが正直なところある。
 
TRAD のステージに立つというのは自分にとって、そういう気持ちになることなのだ。
 
 
さて、何もここで過去をただ反芻したいわけではない。
 
その楽しかった頃のまほろば楽座のメンバーが、だ。
 
 
なになに、どういうこと??
 
 
もとやん (藤原基博)、アランスミシーに入ったの??
 
まぁ、当時から仲良かったもんな。
いや、きっとマホロバガクザを続けるよりきっと音楽を楽しめると思う。
 
なんて、思ってたら…
 
 
え、ヒゲ (蔦江貴広) もアランスミシーに入ったの??
 
 
半分、まほろば楽座やん!
 
 
みたいな感じで、いつの間にかバンドにおける親戚みたいな関係になっていたのである。 
とはいえ、活動のペースや目的は異なり、その後の10年という歳月の中で交わることがあったのは、長岡京ソングラインといった野外フェスくらいではあったけれど、何かどこかで疎遠になった家族を想うような気持ちはずっと持っていた。
 
それくらい、まほろば楽座のあの5年間は人生においてとても大きな時代だったというわけだ。
 
だって、NolenNiu-de-Ossi~デ・オッシになってもう10年。
幾度もの海外遠征なども経て、もっと大きな経験を積んだはずなのに、何故かあの頃をてんで越えられてない気さえするんだからなぁ…
 
アランスミシーに二人が加入してからの年月もまほろば楽座時代をとっくに越えているはずだ。
 
 
しかし先日、今回の打ち合わせも兼ねて、本当に久々に集まって飲んだ時に…
 
 
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あの時代がいかに濃厚だったか、ということをお互い再認識することができた。
 
 
形は変わったし、音楽に携わる目的もそれぞれ大きく異なるだろう。
しかし、こうしてまたステージを共にできること… それは何と素敵なことなのだろう。
 
 
アランスミシーバンドというグループが存在していてくれたことに感謝。
樫本君、ヨウジ君に感謝。
 
 
しかも、城領ちゃんがこれまたアランスミシーのことが好きなんだって!
 
奇跡の繋がり。
 
 
フィエスタ・デ・縁日[壱] の当日は 藤原基博 (Dr) と蔦江貴広 (Ba) とも久々に何曲か一緒にやろうと思っています。
本当に久しぶりなこと。
 
 
今こうして、ステージに立てていることに 
あらためて大きな喜びと
 
そして、応援してくれている皆さんに
あらためて深い感謝の気持ちを抱く
 
そんな一日になりそうな気がしています。
 
 
 
さて、そんなアニバーサリー・デイを更に更に彩ってくれる、おもしろくて楽しくしてちょっとヤバい奇才アーティスト、と
めっっちゃ美味しいお料理を提供してくれる、今もう話題沸騰中のタルタルクラブについては、明日にでもまたじっくり紹介して語り尽くしたいと思います。
 
 
これがまた… 奇跡かな…?
 
 
図らずも、そんな懐かしい時代からかかわりのある人たちばかりなのだ!
 
 
 
とにかく!
 
 
フィエスタ・デ・縁日[壱]
 
 
おもしろいことになるよ!
 
どうか、お見逃しなく!
 
 
 
心よりお待ちしております。
 
 

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2020年

 
■1月15日(水) umeda TRAD
 デ・オッシ presents

  フィエスタ・デ・縁日 [壱]
 開場18:00 開演19:00
 前売2500円 当日3000円(Drink別)

【ライブ】
デ・オッシ
城領明子
The Alan Smithy Band

【Food】
タルタルクラブ(京都)

【Shop】
idea of a joke(奈良)
キミトラ土器(大阪)
 
 ご予約はコチラにて

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