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2020年2月15日 (土)

多武峰で歴史の悪戯に想いを馳せる -後編-

さて、前編中編と連日続けてきたこの多武峰散策記だが、今回でとうとう終わりだ。
いや、終わりにしたい。
思えば随分と時間を費やしてしまっている。
睡眠時間を削ってまでやることかと、ふと我に返った。
しかし、おもしろくて止まらなくなってしまうのだ。
いや、待てよ。
嫌なことを我慢してやりながら睡眠時間をただ確保する人生より、おもしろいものに夢中になって寝る間を…
って、こんなことを書いてるからどんどん時間が経っていくのだな。
 
よし、続きの話をしよう。
 
 
バスが談山神社を出発したのは14時半のこと。
朝早くに家を出たので、いろいろと巡ってもまだこんな時間だったのだ。
随分と長い旅をしてきたような気がしてしまうのは、この界隈の長い歴史を肌身で感じてこれたからだろうか。
 
 
バスは多武峰の細い道をどんどんと下っていく。
その途中で日差しが眩いことにふと気が付いた。
雨は聖林寺を後にしたあたりからやんではいたが、空はずっと曇ったままだった。
思えばそれはとても神妙な雰囲気で、この多武峰の悠久の歴史を味わうにはむしろふさわしいものだったのかもしれない。
 
ウソのように青空が広がってきている。
もしかしたら多武峰の上のほうだけがあの霧がかった不思議なムードを醸していたのだろうか。
実際に吉野の山々の寺社に参拝するときなどには、突然あたりに霧が立ち込めてくることなどがある。
そんなことを思いながらこの美しいまばゆさの中にいると、何か自分も激動の時代・騒乱の時代をくぐり抜けてきて、ようやく安息の時代を迎えられたような気さえしてくる。
歴史を感じるというのは何とも贅沢な時間だ。
もちろん、勝手な妄想にしかすぎないのだが。
 
 
途中、バスは福祉センターを経由したのだが、そのときに乗ってきたお婆ちゃん軍団は朝に乗り込んだバスでも同乗していた方々だった。
何か、タイムトリップから戻ってきたような、いや、もはや共に生き抜いてきた戦友のようにも思えてくる。
同志よ!
 
 
まったく関係のない話だが、前日に小指を何かに当ててしまい爪を割ってしまっていた。
レコーディングなども控えているので、できれば何とか修復したい。
すぐに例の如く、アロンアルファとティッシュで接着しようと思ったのだが見当たらず、使い切りタイプの別物で代用していたのだがうまく接着できていなかったようだ。
この散策の途中からはもう皮一枚で繋がっているような状態。
散策の目的を遂行することと、この爪を何とかこの状態で死守することがセットとなって、この日は己の使命感を募らせていっていた。
 
 
まったくどうでもいい話を盛り込んでみた。
 
 
このままバスに乗っていれば終点の桜井駅に辿り着く。
しかしまだ時間には余裕がある。
しかも世界は美しい光を取り戻している。
時空を超える旅をもう少し続けない手はないだろう。
 
 
というわけで、再び 「浅古」 停留所で下車。
目指したのは、聖林寺近くで挨拶を交わした男性が行くと言っていた安倍文殊院
あのときはバスの時間の都合であきらめたが、今なら何も前途を遮るものはなかろう。
浅古からは徒歩20分程度だが、Google Mapを眺めているといろいろと道中に気になるものがある。
すべてを巡っていては日が暮れてしまうので、とりあえず最も気になったところを経由。
 
 
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ごくごく普通の住宅街にある一見何の変哲もない小さな公園。
 
 
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中に入ってみると、何やら遺跡があり、三方を住宅に囲まれている。
(しかも、何か不思議な光が舞ってるし…)
 
 
ここが、聖徳太子 (厩戸皇子) が20年間居所した宮殿だったと聞いたら驚かれるだろうか。
 
 
そう、ここは上之宮遺跡
2011年に園池遺構が見つかり、そこから出土した木簡、琴柱、ベッコウ等の貴重品、また地名から、聖徳太子の宮跡である可能性が高いとされているそうな。
 
浪漫だ。
歴史はまさに浪漫である。
 
 
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道中には天満神社もあるし、少し足を延ばせば興味深い等彌神社もある。
が、安倍文殊院での参拝の時間を鑑みて今回はあきらめることに。
 
 
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こんな住宅地の間の細い細い道を抜けた先に、艸墓古墳なる横穴式石室を目の当たりにできる方墳もあるが、涙を飲んで素通り…
これはまた日を改めて散策に来ないといけないな。
 
 
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で、またこんな看板が突然登場するし!
 
 
土舞台!?
初めて聞いたわ…
 
でも “芸能発祥の地” なんて書かれてたら、とりあえず伺ってみないわけにはいかぬだろう。
まぁ、ちょうど通り掛かれるところだ。
 
しかし、ホント… まだまだ知らないことだらけだな。
 
 
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小さな案内板が指し示すままに、これまたごくごく普通の住宅地の中にある少し急な勾配を登っていく。
ここは小さな丘陵地のようだ。
 
 
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その中腹を越えたあたりの住宅街の一角に、密やかな森へ続く道があった。
 
 
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ほんの少し山道を進んでみると、ちょっとした広場が見えた。
 
 
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ここが、土舞台
 
なんと… 推古天皇の御代、摂政をしていた聖徳太子がはじめて国立の演劇研究所と劇場を設けた場所らしい。
日本書紀にも、百済からの帰化人・味摩之 (みまし) により伝えられた呉の 「伎楽舞 (くれのうたまい) 」 をこの地で少年を集めて習わしめた、と記されているそうだ。
 
さきほどの上之宮遺跡もそうだが、住宅街の中から凄まじい遺構が見つかるってのがもうたまらなく興奮を呼び起される。
 
 
で、その1400年以上前の出来事をイメージしているところにだな…
 
 
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こんな看板まで立てられているのだから、脳が 「ちょっと、待て待て!」 と静止を促し、ひとまずの整理を求め出す。
 
戦国時代にはここに安倍山城ってのがあったのだな。
よし、進んでみよう。
 
 
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案内の通り、90mほど先に更なる高台への勾配があった。
頂上には小規模な曲輪跡と案内板。
 
南北朝時代には北朝の細川顕氏が陣を構えた所。
 
そして…
 
 
ハイ、出ました。
 
1565年には、松永久秀がここで布陣し、すぐ東にある鳥見山城の筒井順慶と戦ったとのこと。
以前に書いた話の実際の場所に知らず知らずのうちに導かれていたようだ…
 
 
まさかの扉、開いてたわ。
 
 
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そんな大層な山に登った覚えはまったくないのだが… 眼下に大和国を見下ろすことができる。
近隣の町は現在の桜井市から橿原市、その先に見える山は松永久秀が後に居城を築いた信貴山だろうか。
 
 
思いがけず興味深い史跡に触れることができたことはもちろん、またそれが未だにとんでもなく秘密めいているところに興奮を禁じ得ない。
 
 
そうここは普通の住宅地なのだ。
踵を返して数歩進めば、現代の営みに戻ることができる。
 
 
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ハチワレちゃんが帰りを待ってくれていた。
 
 
そんな土舞台、安倍山城から通りを一本隔てたところにあるのが…
 
 
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五芒星が記された場所。
 
 
日本において五芒星と言えば、安倍晴明で有名。
陰陽道での魔除けの呪符。
 
 
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そう、ここが安倍文殊院
 
大化の改新の時に左大臣として登用された安倍倉梯麻呂が大化元年 (645年) に安倍氏の氏寺として安倍山崇敬寺 (安倍寺) を建立したのが始まりだそうだ。
創建当時は現在の文殊院の西南300mほどのところにあったが、平安時代末期に多武峰の妙楽寺 (現在の談山神社ね) の僧兵に焼き討ちされ全焼した、とのこと。
元は志を同じくしたところから始まったであろうに… どちらにしても穏やかではないねえ…
いみじくも、歴史は繰り返すということを表してはいるのは興味深いところではあるのだが。
 
そして、陰陽師としてあまりに伝説が豊富で謎多き人物、安倍晴明の出生地として伝承されている。(摂津国阿倍野説とふたつ存在。)
 
晴明に関してはのちほど語らざるを得ないことになるので、先にこのお寺を参拝してみよう。
 
 
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受付を経て、最初に目の当たりにするのがこの石室の入り口。
西古墳と名付けられ、石舞台古墳やキトラ古墳・高松塚古墳と並んで国の特別史跡に指定されている。
内部にも入ることができて、弘法大師・空海が造ったと伝わる 「願掛け不動」 が祀られているが、本来は創建者である安倍倉梯麻呂の墓であると伝えられている。
 
 
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そして本堂へ。
 
そこで拝むことができるのは、あまりに有名な 木造騎獅文殊菩薩像 を中心とする五体の国宝
 
まずは 「三人寄れば文殊の知恵」 のことわざでも有名な御本尊の文殊菩薩である。
 
 
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安倍文殊院Website より拝借。
 
仏像にご興味がある方なら、この文殊菩薩像と善財童子像などは何かで見覚えがあるのではないだろうか。
この国宝の五体のうち、一番左の維摩居士像 (安土桃山時代) 以外はすべて鎌倉時代の快慶の作。
 
こういった文殊菩薩と善財童子ら脇侍の構図は奈良の他の寺でも見られるが、この見応えあるスケールは安倍文殊院ならではのものである。
 
 
その隣には釈迦堂。
そこには見事な釈迦三尊像が祀られているのだが…
 
 
こちらはなんと… 元々、多武峰の妙楽寺の御本尊。
これが奇しくも前回と繋がるおもしろい話だったのだ。
そう、かつて敵対していた妙楽寺は神仏分離令で廃寺とされ、談山神社となった際、不要となったこの釈迦三尊像が奇しくも安倍文殊院に引き取られることとなったそうな。
まさか、ここで出会えるとはね。
 
なんとも因縁深い、歴史における不思議な運命の悪戯というべきか。
 
 
そんな見応えも知り応えもある仏さまを堪能したのちには別室でお抹茶もいただける。
母親が長らく薬師寺に務めていたこともあって、幼少のころから抹茶と落雁はよく口にしていたのだが (どんな幼少期だよ)
 
 
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この落雁、うまーーーッ!
なに? 餡が挟まれてる!
 
売店で売ってたら買ってたとこだわ。
 
 
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本堂を出るとちょうど日も傾き始め、美しい頃合いになってきていた。
 
 
そして、日頃からお世話になっている感のある自分にとっては満を持して詣らねばならないのがこちら。
 
 
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稲荷神社。
 
安倍晴明の母親は白狐だという伝説はご存知だろうか。
こちらの稲荷社は安倍晴明出生の地として、古来より安倍晴明の母親と伝承される白狐・信太森葛葉稲荷を祀っているそうだ。
 
 
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赤い鳥居をくぐりながら登っていく。
不思議な伝説に想いを馳せながら神妙な気持ちに。
そして最近は本当にお稲荷さんには勝手にご縁を感じるようになっている。
 
小高い丘の頂上にあるお社で手を合わせているときに気が付いた。
 
 
小指の爪が折れて先がなくなっている。
残った一片が鋭い刃のようになってしまった。
もうこうなってしまったなら、綺麗に切り落としてしまいたいが、あいにく爪切りも爪やすりも持ち合わせていない…
 
 
母さん、僕のあの爪、どうしたでせうね ━━━
 
 
そんなことを安倍晴明の母とされる葛葉稲荷さんの前で思いながら、崖下を眺める。
 
 
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本堂と反対側の東には先ほどの西古墳と対を成すように、東古墳がある。
「閼伽井の窟」 とも呼ばれ飛鳥時代に建立されたもの。
 
そのすぐ隣にある白山堂からまた小高い丘を少し登ったところに展望台がある。
晴明はこの地で陰陽道の修行をしたともいわれ、またこの場所から天文観測をしたと伝わっている。
 
 
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安倍晴明千回忌を迎えるにあたり、2004年に200年ぶりに再建された晴明堂
安倍晴明信仰の聖地のひとつとして晴明を祀っている。
 
 
空はまだ青いが、幾らか日も暮れてきた。
そろそろ閉門の時間だ。
 
 
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実は今回は北側から入ったので、まさに逆方向になるのだが、表門を通って出ようと思う。
 
 
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陰陽道でいう “方違え” にならなければ良いのだが。
 
いや、しかし、そう導かれたのならそちらこそが吉ということか。
 
 
バス停は表門のすぐ前にあったが、運行は16時すぎで終わっていた。
桜井駅までは歩いて20分少々。
 
1400年ほどの歴史に思いを馳せながら歩いて行くことにした。
 
 
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桜井駅近くを流れる寺川にかかる小西橋のたもとに祠があったのだが、珍しく仏様ではなく神様を祀る祠だった。
 
いつ、どんな経緯で、ここに祀られることになったんだろう。
もしかしたら、とんでもなくおもしろい逸話が潜んでいるかもしれない。
 
 
人々がただ普通の生活を営んでいる町の中にも凄まじいほどの物語や伝説が隠されている。
それはどんな世界のどんな町にも存在し得るが、ここ奈良においては本当にそこかしこにあって、しかも地面の下に未だ埋もれてしまっているものも多いというのが、これまた浪漫を掻き立てられることなのだ。
 
 
まだまだ知らないことが多すぎる。
 
こうして実際に歩いてみて、その地の空気を肌身で感じるということはとても魅力的で、また大切なことだと思う。
 
 
歴史を知ること、過去から学ぶこと、それをたとえ妄想であっても瞬間的になにか実感すること ━━━
 
それは自分たちの未来に繋がり、また明るくするものだと信じられる。
 
 
 
これにて、多武峰界隈の散策三部作を終了します。
長らくのお付き合い、本当にありがとうございます。
ご興味を持たれた方は是非、その足で歩いてみて下さい。
 
きっと、明日がまた少し豊かで楽しいものになると思いますよ。
 
 

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