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2020年3月 1日 (日)

音楽は愛だ! とキレた教師

今日、高校時代の音楽教師のことを突然思い出した。
いや、これまでも時折思い出すことはあった。
とある事件のことだ。
 
事件といっても高校生活などにはよくあることで、たいした話ではない。
しかし、そのときは衝撃だった。
とはいえ、まだまだ何も知らず、人生をナメてる時代だ。
自分はそれを横目に鼻で笑っていた。
いや、実際にはそういうフリをしていたのかもしれない。
結果的にこうして今まで疑問を投げかけ続けているのだから。
 
 
流されるままにダラダラと過ごした中学時代。
野球部も問題が起こって途中で辞めたし、学校もよくさぼった。
昔から何でもそこそこはできてしまうタチで、秀でることもないが落ちぶれることもなかった。
そりゃそうだ。
苦労するものはうまく避ければ良かったのだから。
 
だから常に “本気を出してないだけ” で、自分は何でもやろうと思えばできる、と思っていた節はある。
それはそれでありがたい “思い込み” だった。
自分には常に期待し続けられるのだから、こんな気楽な話はない。
 
特にこれといってやりたいこともなかったので、高校進学に際しても特に深く考えた覚えはないし、更にその先の将来など見据えることなども当然なかった。
とりあえず、格闘技をやりたいという単純な理由だけで、そういうクラブを有する高校を選んだ。
それも特に熱意があったわけではなく、おもしろそうだなと思っただけだ。
少なからずは頑張ったのかもしれないが、さして努力をした覚えもない。
そんなお気楽な感じなのに、いつしか主将を任され、全国大会で優勝したりもした。
若い頃に何となくそれなりにうまくやれてしまう人生というものは、大人になってからその歪みと闘わなくてはならなくなるので、決して良いものとはいえない。
いずれ挫折というものはどこかの岐路で味わうことになる。
本当に努力をすれば必ず大きな障壁が目の前に立ちはだかってくる。
しかし、若いうちは挫折を避けて通ることも可能なだけだ。
 
たまたま、そのクラブは同級生も後輩もロックやパンクを好きなヤツが多くて、格闘技のクラブ内でバンドを組んだりもした。
今から考えるとどこにそんな時間があったのか皆目見当もつかないのだが…
毎日クラブ活動をして、バイトをして、スタジオへも通いだした。
そして、生駒の山の麓にあるライブができるカフェバーが秘密の集会場だった。
 
特に音楽が好きだったわけではない、というのはこれまでも何度も話してきたが…
本当にそうなのだ。
 
高一ですぐにバイトをしだしたものの、クラブで忙しくて使う暇もないから金が貯まる。
エレキギターでも買ってみようか、なんていう気まぐれで始まったこの音楽人生だ。
ただすぐに根拠のない自信が芽生えてしまい、自分の才能を信じて疑わなかったから今もこうして音楽に携わっている。
今思えば、ずっと “本気を出してないだけ” と楽観的に自分をうまくごまかしてきたから続けられたのかもしれない。
 
 
というわけで、高校時代はクラブとバンドとバイトに明け暮れていた。
成績はそれはもう酷いもので、年々通知表は赤く染まっていった。
なので、学業の部分での高校生活の記憶はあまりない。
よく著名人が高校時代の恩師と再会するような企画があったりするが、自分は先生とそういった絆を育めた覚えもない。
そもそもあまり思い出がない。
 
 
そんな高校生活だったわけだが、ここでようやく話は冒頭に戻る。
 
 
音楽の先生とは仲が良かったという印象も特にないが、お互いの関係性において悪い記憶もない。
しかし、バンドなどはやり始めてはいたものの、音楽の授業にはまったく関心がなかった。
ただ、どちらかというと好きな先生ではあった。
どこか芸術家気質なところを感じる男の先生だったが、教師によくある抑圧的なところを感じなかったことが大きい。
学期ごとだったか、何かを発表しなければならないタイミングがあって、そのたびに自分はふざけていた。
とはいえ、天才バカボンのテーマをアルトリコーダー三管でのアレンジをしたり、Ozzy Osbourne の 「Diary of a Madman」 をエレキギターとディストーションを持参してボロボロの服を着て弾き語りをしたり、今思えば懸命にふざけていたのかもしれない。
自分の秀逸なバカボンのアレンジに笑いを堪えられなくて、まともに吹けなかったときも
「Diary of a Madman」 の英詞がどうしても覚えられなくてボロボロのズボンにマジックで書いていったときも
その芸術家肌の先生は怒ることなどなく、本当に笑い転げてくれていた。
そんな腹を抱えてまで笑ってくれるんだ、と今思い返しても不思議なくらい一緒に楽しんでくれていたのだ。
 
 
その先生が一度だけ “キレた” ことがある。
 
 
それはもう尋常じゃないキレ方だった。
どちらかというと品があって、それでいて明るい人だった。
 
理由は同じクラスメイトの女子二人が先生の話を聞いていなかった、ということだったと思う。
 
 
えっ… そんなことで!?
 
 
というのは当時も思ったことだ。
詳しい理由はわからない。
よほどナメた態度をとっていたのか、先生も長らくそれを我慢していたのか━━━
まったく自分は関知していなかったので、先生が突然キレて怒鳴りだしたときは、一瞬何が起こったのかわからなかった。
中には、機嫌が悪かったんだろうなぁ… なんて思わせるような怒り方をする教師もいたが、そういう感じではなかった。
 
授業は中断され、その音楽室と扉一枚隔てた控室(教員室?) にその女子二人は連れて行かれた。
 
残された自分たちはというと…
 
 
そりゃあ、これから起こることにワクワクしているわけだ。
 
 
そんな中で突然、大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
 
 
ワクワクしていたはずの我々も一瞬にして凍りついた。
そんなヒステリックな声をあげるような先生ではないはずからだ。
いや、幾分ヒステリックではあったが、情熱的といった方が正確かもしれない。
どこかにアーティスティックなものは感じられた。
 
 
そして、怒号と共に最後に聞こえてきたフレーズ。
 
 
 「音楽は愛だ!!」
 
 
俺はビックリすると共に…
 
音楽は愛……  って……
 
と、ちょっと笑ってしまった。
 
 
どんだけロマンティックなんだよ。
 
どんだけアーティスティックなんだよ、と。
 
 
そんな歯の浮くようなフレーズを本当に言う人がいるんだ、とむしろ衝撃だった。
 
その後もおそらく、その一件は仲間内でネタになっていたと思う。
 
 
 
だが、実はずっとその言葉が頭から、心から離れなかった。
 
 
 
Image1_20200301004401
 
 
「音楽は愛」
 
とはどういうことなんだろう。
 
ジョン・レノンだって歌ってる。
いろんなミュージシャンがそう言っている。
何となくそういうものなんだろう、そうであれば理想的なんだろう、くらいには思えた。
しかし、ブチ切れて、高校生にそんな言葉を発せるって…
あの人にとって音楽とはどれほど崇高なものなんだろうか。
実際にそこまで考えるほど当時の自分は思慮深い人間ではなかったけれど、気付かないうちにその言葉は心に刻まれて、ずっと自分に問いかけてきていたような気がする。
 
 
たぶん、どこか羨ましかったんだと思う。
憧れ、だったかもしれない。
 
 
いや、その時代にはまだまだ到底わからなかった。
その後、自分が図らずも音楽の道を歩むことになり、音楽を生業としていく中で、その心に刻まれたものは自分の中でずっと疑問のようなものとして息を潜めていた。
 
 
それが、最近はどうもしっくりとくるようになってきた。
 
 
あのときの先生の心の叫びを理解できたとは思わない。
しかし、違和感がまったくといっていいほどなくなっているのだ。
 
そう、長らくずっと違和感があったということだろう。
 

音楽は愛ってどういうこと?
 
音楽に癒されるって何なん?
 
音楽で誰かを癒すとか、いや、結果的にそうなったのならそりゃあ悪い気はしないけど、それ、どれだけおこがましい考え方?
 
そもそも、愛を伝えるとか、音楽で誰かを幸せにするとか、励ますとか、世の中を平和にするとか…
どれだけ夢想家なん!?
 
 
むしろ、羨ましいわ…
 
 
 
そう、羨ましかったのだ。
そんなことを考えることはどこか恥ずかしい気がしていた。
いや、そんなことを意識して音楽に取り組む気はさらさらなかった。
 
もちろん、聞きに来てくれた人に喜んで欲しい、楽しんで欲しい、という想いは強く思っていた。
 
 
だが、それは完全なるエゴだ。
 
 
自分が作り出すものを評価して欲しいというエゴでしかなかった。
相手に喜んでもらう、ということで自分を満足させ、自分を肯定するエゴでしかない。
 
 
まぁ、それも決して悪いものではないかもしれない。
多少のエゴや欲はあった方がおもしろいとは思う。
 
しかし、何というか… まだうまくは言えないのだが…
 
あのとき、先生が叫んだ言葉が、今になってようやく心の中で居心地の良さを得ている。
 
 
 
きっと音楽は愛なんだと思う。
 
 
誰かを幸せにしたいと思う。
 
 
自分が、ではなく
 
 
音楽がそういう力を誰かに及ぼすことができるなら
 
 
自分は心を込めて、これからも真摯に向き合っていきたい。
 
 
いつからか、そう思えるようになっていた。
 
 
 

 

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20204
 
■4月2日(木) 大阪 雲州堂
 IORhythm ~イオリズム~
 デ・オッシ × Gato Libre ツーマン
 開場18:30 開演19:30
 入場無料・投げ銭制(要1オーダー)
 
雲州堂 Website
 
久々の雲州堂での投げ銭イベント。
世界各地で活躍されている変則的編成で無国籍的なオリジナル曲バンド、ガトーリブレ。
NYでのご縁から繋がった大御所の皆さんとご一緒させてもらいます。
是非どうぞお誘いあわせの上、お気軽にお越しください。
ご予定どうぞよろしくお願いします。

 
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Fiesta2
 
■4月15日(水) umeda TRAD

 デ・オッシ presents
  フィエスタ・デ・縁日 [弐]

 開場18:00 開演19:00
 前売2500円 当日3000円(Drink別)

【ライブ】
デ・オッシ
高橋てつや
吉本篤央

【Food】
タルタルクラブ

【Shop】
idea of a joke(カチューシャ,植物ハットなど)
キミトラ土器(フィギュア)
上善如水(琥珀糖)
 
 ご予約はコチラにて
 
心に響く歌と演奏を繰り広げる 【ステージライブ】 には、超オススメなゲストを迎えます。
美味しくて幸せになる 【タルタルクラブ】 のお料理は新たなメニューも!
楽しくて賑やかでおもしろい 【ショップブース】 には、パワーアップした idea of a joke と キミトラ土器 に、素敵な琥珀糖の “上善如水” さんも加わり更に賑やか!
 
開演から終演まで
● 余すところなく楽しんでもらえるような一夜 ●
にしたいと思っています!

 

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