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2022年6月25日 (土)

地味でささやかながら大きな転機

「節目」 というようなものがある。
「転機」 と呼ばれるようなものかもしれない。
 
それは傍目に見て特段大きなものとは思えないことも多いだろうし、自身にとっても非常に静かなもので、急変というものはあまり体験したことはない。
後々に振り返ってみれば、それらはいつも実に穏やかで微妙な変化を伴いながら推移していくものばかりのような気がしている。
 
若かりし頃はその若さゆえの勢いもあり、幾らか 「急変」 というものも味わったことはあるかもしれない。
しかし、概してそういったものはうまくいくものではなく、失意の下、忘れ去るべき記憶となっていったような気もする。
 
深く感じ入ることができる 「節目」 や 「転機」 というものは非常にささやかで穏やかで微妙なものなのだ。
もちろん、自分の場合は、という但し書きは必要ではあるが。
 
 
そんな緩やかながらも確かに感じる “それら” はどこに存在していたか。
 
 
それらは 「あのときがとても重要だったんだな」 といつも思い返せるものである。
結果として、表立って華々しいものなどはひとつもないので、その当時のことを知ってくれている方でも共感し難いかもしれないが、場合によっては何かに気付いていただけるかもしれない。
 
 
自分個人として印象的なのは…
 
 
まず、2016年のことだ。
 
それ以前にもニューヨークへ四度赴き、7都市10公演のUSAツアーも敢行し、それらは大きな糧となっていることはもちろん間違いはない。
ありがたいことに現在まで関係性が続いている刺激的な出会いもたくさんあった。
 
それらと比べても非常に地味かもしれないが、2016年はある意味自分たちにとっては大きな転機の一年となったように思う。
というのも、まず自分たちの状態が非常に悪かったのだ。
今から振り返れば、ではあるが。
 
前年あたりから活動的には幅も更に広がり、非常に嬉しい展開になっていたのだが、だからこそ余計に自分たちの理想と実際に自分たちができることとの乖離が顕著となっていっていた。
常に迷いの中を彷徨い、失意の連続だったように思う。
あの頃のライブ終わり、ツアーの帰途の暗さは今でも思い出せる(笑)
とるこの闘病生活が始まったのもこの年だ。(現在は奇跡の完全復活を遂げている)
 
 
今にも暴発しそうなそんな状況の中、「転機」 となったのは、特に大きな目玉などを設けたわけではないひとつのツアーだった。
 
 
Teafortwo
 
『Tea for two』 tour と名付けたそのツアー。
様々なコラボレイトやサポートミュージシャンと一緒にやってきた数年を経て、改めて 「二人」 という最小編成で取り組んでみようという気持ちで挑んだように思う。
 
実はそのときもどこかで書いたのだが、「このツアーが転機になるような気がする」 と何となく思っていた。
 
 
そう思ったから、そうなったのか。
また、そう信じてしまっているのか。
 
たしかにそれはあるのかもしれない。
しかし、あまりにも地味すぎて、特に何か成功体験を得たわけでもなく…
信じたから転機となった、と言うにはいささか説得力に欠けるのだ(笑)。
 
 
ただ、とても肩の力が抜けたツアーとなったように思う。
今と比べるとガッチガチだったかもしれないが、その直前の暴発寸前だった状況での強張りを少し緩めてくれたような気はする。
 
 
2016年
 
11月7日(月) 静岡清水 CLAY FACTRY
11月8日(火) 静岡 UHU
NolenNiu-de-Ossi&丸山研二郎 『おとぎばなしの二夜』
 
11月9日(水) 名古屋 Bar Strega
NolenNiu-de-Ossi ワンマン
 
11月10日(木) 大阪 雲州堂
NolenNiu-de-Ossi ワンマン
 
11月11日(金) 岡山 MO:GLA
NolenNiu-de-Ossi/櫻根座/おーたけ@じぇーむず

11月12日(土) 広島 音cafe Luck
NolenNiu-de-Ossi/めぐ(Key:竹内彩華)

11月13日(日) 高松 RUFFHOUSE
NolenNiu-de-Ossi ワンマン
 
 
ちょうど自分は足のちょっとした手術を経た直後で座りでの演奏をせざるを得ず、そういう意味でも転機を感じられる機会となったことは確かである。
音楽を演奏するということに対して新たな意識を持てたことも幸運だったかもしれない。
 
 
非常に共感は得にくい、実に個人的な 「転機」 なのだろうと思う。
 
 
しかし、この頃から 「音楽」 を演奏し、歌い、届けることに対する喜びというものを、これまでにないほど感じられるようになっていったことは間違いない。
実にゆっくり地味な歩みではあったと思うが、自分自身にとってはその価値は何物にも代え難いものなのだ。
 
 
とはいえ、「転機」 を感じたとしても、決してすぐに上手く事が運ぶこともないし、今その後のことを振り返ってみても辛かった気持ちなど幾らでも容易に思い出すことはできる。
それらはあくまで、自分の、自分たちの不甲斐なさに対する辛さにすぎない。
そういった反省の気持ちは、成長や進化を求めるならば、この先々でも振り返ればおそらくずっと付きまとうものだとは思う。
しかし、そんな格好の良いレベルの話ではないところがこの頃の辛さだったとしか、自分自身には思えない。
 
とはいえ、思い出深い日はたくさんあるし、幸せを感じられた日は間違いなくある。
それがなければ到底続けてはいけなかっただろうな。
 
 
そして、次の大きな 「転機」 を感じたのは、2018年のことである。
 
 
山田晃士さんとの二度目のツアー 『ばれない嘘 二〇一八』
小林未郁ちゃんとの 『どこかの世界で待ち合わせ』 が始まった年だ。
静岡の東壽院にて二度目の 『おとぎばなしの夜』 を丸山研二郎&原口朋丈と開催できたことなど、実に思い出深く、すべて楽しく、幸せな時間をたくさんいただけた年でもある。
ふれでりっひ書院との新高円寺STAX FREDでの企画や、大阪 雲州堂での 『ディンドン・デ・オッシ』 など、今も続くシリーズなどもこの年から。
また、エミテムとの二度のツアー、よしこストンペアとの出会いなど、この年自体が何か大きな 「転機」 だったのかも、と今これを書きながら振り返っている。
 
 
そんな濃厚な一年の中でもひときわ 「転機」 として記憶に残っているのがこれだ。
 
 

 
奈良 天河大辨財天社 御遷宮三十周年記念大祭(例大祭) 奉納演奏
 
 
詳しい経緯は コチラ に残しているので割愛させてもらうが…
とにかく、イチ音楽人として、舞台に立ち何かを為すものとして
この日を迎えるにあたり、またこんな体験をさせてもらえたことで得られたことは、何物にも代え難いし、筆舌にも尽くし難い。
 
 
それまで、どうやったら観てくれている人に楽しんでもらえるか、満足してもらえるか、価値を感じてもらえるか、という想いで音楽を奏で歌ってきていたように思う。
 
 
実におこがましい。
非常に欲深い。
それは結局、自分への評価を求める欲望でしかない。
 
 
そう、それは単なる自分の欲望なのだ。
自分の満足のためでしかない。
 
 
それがこの日は (上記のリンク先の投稿で書いた通りだが) 誰のためでもなく、神に捧げようと思わざるを得なかった。
それはつまり、自分自身に捧げるしか術がないことで、恥ずかしながらこの時にようやく自分は音楽というものの価値を信じられるようになった、とさえ感じている。
 
神を敬う心というのは、すなわち自分と向き合う、自分を知るということだと思う。
そういう意味では、奈良という地で生きてきた人間としてこれまで感じてきた宗教的な側面も、音楽を通していろいろと腑に落ち納得できる機会をいただけたのかもしれない、と今改めて思い返している。
 
 
そこから以降も決して順風満帆となったことなどは一度もないものの、着実に音楽の世界に身を置くことに対して喜びを感じていく度合いは増していっている。
どこか許されていくような気持ちだったような気もする。
 
 
次に大きな転機となったのは… 
 
 
おそらくすべてのミュージシャン、すべての表現者…
いや、すべての人類が全員そうであっただろう、2020年。
 
 
コロナ禍での歳月である。
 
 
音楽を奏でるということの必要性や価値を問われ、それに対する無力感も十二分に味わい、そしてそこから自分たち自身が逆にその力の大きさに改めて気付かされることになる。
人との繋がりや、思いやり、幸せの共有など、口先だけの綺麗事ではなく、心からその喜びを感じることができたことはこの災禍において、奇しくも得られた価値あるものだ。
(東日本大震災の時も無力感は痛烈に感じたが、あの頃は始動間もない頃で本当に無力そのものだったので、もはや失意しかなかった。)
 
 
あきらかにそれ以前とは意識は大きく異なる。
いや、変わったのではなく、自分が信じたいものに改めて気付き、それに自信を持てるようになったということかもしれない。
以前ならちょっと恥ずかしさすら感じていたことを、臆面もなく口にできるようになるくらい、大切だと心から思えるようになったことが大きい。
もちろんそれも、経験したことで得られたものには違いはないのだが。
 
実際に自分たち自身が各地へ赴けないことで、奇しくもEVANS KINGDOMをはじめ地元奈良でのご縁を新たにたくさんいただき、逆に活動の幅が広がったことも大きい。
 
 
そして、そんなコロナ禍を経て、ようやく二年半ぶりに各地へ赴くことができた、先月の Tour「新しい夜明け」
 
 
何かが変わったのは自分たち自身は感じている。
ここまでの話通り、実に地味で、非常に伝わりにくいものだは思うのだが…(笑)
 
もちろん、一朝一夕で突然の変異が起こるはずもなく、おそらくそこまでの日々に培ったものがささやかな結実をみたに過ぎないのであろう。
しかし、その地味な 「転機」 は後々に自分たち自身にとっては、あの数日間があったからこそ今がある、と思えるほどに大きなものになり得るのだ。
 
 
そして、そんな想いを抱かせてもらえるのは、その瞬間瞬間を見届けてくれているあなたが居てくれるからこそ。
自分、自分たちだけでは決して感じることも、得ることもできないもの。
そんな時間や体験を共有してもらえることこそが喜びであり、また奇跡のようなものだと思います。
 
 
改めて感謝を。
 
そして、何かあなたの日々のささやかな一助になっていることを願って。
 
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